003 : 新入生獲得計画


 帰ろうと下駄箱の中から革靴を取り出して履き替えていると、どこからか聞き慣れた声がする。
「野球部どうですかー」
「……海老原くん? 何やってるの?」
「おう、四月一日」
 校舎を出たすぐの場所で声を張り上げている海老原くんを見つけた。近寄りながら聞けば、持っていたプラカードをずずいっと見せ付けられる。そこに張り付けられたでかでかとした"新入部員大歓迎!"の文字に破顔。
「ああ、野球部の勧誘かー。どう? 部員集まりそ?」
「まあ結構ね。そっちはどうなの?」
 聞き返された質問に、ぼちぼちだよー、と笑って答える。
 野球とは違って剣道は敷居も高く、経験者も少ないせいか、入学式から暫く経った今になっても新入部員はあまりいない。その現実に、本来なら海老原くんが所属している野球部よりも我が剣道部の方こそ真面目に新入部員勧誘をやらなきゃならないのでは? と思うけど、今年度の部長が現状に満足してしまっていることもあり、今のところ派手に勧誘活動をする気はない。
 それにしても、と首を傾げる。野球部ともなれば勧誘などしなくてもそれなりに部員など集まるだろうし、それを証拠に海老原くんも今さっき「部員は結構集まっている」と証言したばかりだ。だったら何で(海老原くん一人とは言え)こんな大々的に勧誘活動をしているのだろうか?
「選手は足りてんだけど、ウチマネージャーが足りてないから」
 先輩が卒業しちゃって今一人もいないんだよ。ほとほと困り果てたように眉をハの字にさせた海老原くんを見て納得。
 野球部のように大所帯で活動も多い部活ともなれば、マネージャーの存在は必至だ。マネージャーがいない今、選手が日々どんな生活を送っているのか考えただけで哀愁が漂う。
「でも意外。野球部のマネージャー希望なんていっぱいいるのかと思ってた」
「最初の内はね。でも仕事キツいの分かると辞めちゃうんだ」
 言われてみて納得。剣道部もそうだけど、マネージャーの仕事はああ見えて案外キツい。裏方でそんな目立つことない割に、結構力仕事だし。
「と言う訳で、四月一日どう? 野球部のマネージャー」
「……ええっ? む、むりだよ、私剣道部だけで手一杯だし」
 斜め上からやって来た勧誘に、慌ててぶんぶん手を横に振る。
 野球部程活動が多くないとは言え、曲がりなりとも剣道部だって体育会系の部活だ。マネージャーを務めるのだって忙しく、これに更に野球部の仕事まで加わると考えると頭が痛くなる。
「それに私、結構どんくさいし。逆に海老原くん達に迷惑かけちゃうと思う……」
「いやそんなことないと思うよ? 選手を癒すことに長けたデキるマネージャーだって噂をかねがね聞いてます」
「もう……海老原くん、持ち上げ過ぎ」
 褒めても何も出ないよ? 頬を膨らませながら言えば、あはは! と面白おかしそうに笑われてしまった。
「……あー残念、こんなことなら四月一日が剣道部にかっ攫われる前にウチが取っとくんだったな」
 冗談だか何だか、心底惜しいことをしたと言った風に、海老原くんはまだまだくすぐったくなるようなことを言って来る。
 ここまで言われちゃうと野球部のために何かしてあげたいなって思っちゃうから、私も現金だ。
 チラリ時計を盗み見る。うん、まだ時間は大丈夫。
「……しょうがない。褒めちぎってくれた海老原くんと野球部の未来のために、私もひと肌脱いじゃおうかな! 海老原くん、プラカード貸して?」
「え? ……いやでも、さすがにそこまではーー」
 私を褒めちぎってた時の堂々とした態度から一変、申し訳なさそうに眉根を寄せて遠慮する海老原くんににっこりと微笑む。そして海老原くんが持つプラカードの持ち手を強引に握れば、押し負けたと言った風に仕方なくプラカードを私へと明け渡す海老原くん。
「……四月一日って結構強引?」
「自己主張をはっきりしないと、個性派集団剣道部のマネージャーは務まりませんよーだ」
「成程。ますます野球部に欲しくなった」
 納得した様子で首を頷かせる海老原くんの隣で、私は帰路につく生徒達に向かって、野球部どうですかー! と声を張り上げた。

・四月一日 丙 わたぬき ひのえ/♀:剣道部マネージャー。どんくさいが仕事は出来るらしい。
・海老原 えびはら/♂:丙のクラスメイト。野球部。


BACK || TOP || NEXT
inserted by FC2 system