001 : まずは自己紹介


「なー、これ何て読むの?」
 クラス分けのプリントを指差し、隣の席から飛んで来た質問。
 最早慣れっこになった質問ににっこり微笑みながら答える。
「"わたぬき"。"四月一日"って書いて"わたぬき"って読むの」
「へー、そんな読み方するんだ。初見じゃ絶対読めねー」
 答えを聞かせる度に見せ付けられる心底驚いたといった表情。誰に聞かせても大体似たような顔を見せられるんだけど、こればっかりは何度見たって飽きないから、今回もまた私はふふっと小さく笑った。
 そんな私を見たか、それとも見ていないか、隣の席の男の子はまだまだクラス分けのプリントを覗き込みながら。
「名字の読み方難しいから名前で呼んでいい?」
「え? ……いいけど……名前も読み方難しいよ?」
「ん? あ、ほんとだ」
 いまいち理由と結果が結び付いていないような気がするけど、愛嬌のあるくりっとした瞳に騙されるような形で、ついつい首を頷かせてしまった。
 その間にも隣の男の子は机と机の隙間を乗り越え、プリントに書き込まれた私の"丙"という名前を指差し、読み方を聞いて来る。
 私も同じようにプリントを覗き込み、答えた。
「"ひのえ"だよ」
「俺、矢野亮介。よろしく、丙」
「うん、よろしくーー」
 瞬間、視線を上げれば、予想以上に近い矢野くんの顔が視界に映る。何よりも、弧を描いた唇が、近い。
「矢野ー、授業中に口説いてる暇あったら今のとこ訳してみろー」
「今いいとこだったのに邪魔すんなよ!!」
 飛んで来た先生からの野次もとい注意に、矢野くんは照れた様子もなく、先生に対して凄まじい暴言を飛ばした。
 クラスメイトが笑い声や興味の視線を向けて来る中、矢野くんの隣で私だけが一人顔を真っ赤に染めていた。

・四月一日 丙 わたぬき ひのえ/♀:主人公。名字も名前も読み辛いことで有名。
・矢野 亮介 やの りょうすけ/♂:丙の隣の席。恋愛命。


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